所構わず蔓延る欺瞞 〜Today's me〜
真実を知りたければまず嘘を知れ。
ロールシャッハテストというものがある。名称はつい最近知った。あれの発祥は何だろうか。あれは何に基づいたものなんだろうか。
時折、サイコパス診断というものを目にする。年中無休で暇な私は、これを目にするたびに診断してしまう。しかし、いつもサイコパスではないという結果が出る。これはあまり面白くない。サイコパスに憧れる気持ちはないが、経験として、「あなたはサイコパスです」と言われてみたいのだ。とはいえ、こういったもので嘘を吐くのはよくない。嘘を吐いた結果「あなたはサイコパスです」と言われたところで、それはサイコパスを演じている私がサイコパスだと言われたのであって、素の私がサイコパスだと言われたわけではない。"サイコパスを演じる私" がサイコパスだと言われるのは当然なのだ。サイコパスを演じたのにサイコパスだと言われないほうがおかしい。
世に流れるサイコパス診断では、本物のサイコパスを炙り出すことは不可能だ。
例えば、
「あなたは頭痛に襲われた。激しい痛みで立ってられない。そこで、どうやらあなたを心配しているらしい1人の女性が近づいてきた。あなたは女性を殺した。なぜ?」
という質問。
本物のサイコパスさんは「悲鳴を聴くと痛みが和らぐ気がするから」と答えたらしい。
"サイコパス診断" であるということを前提にしていた場合、こんなことを答える人間なんていない。
しかし、ごく稀に似たような回答をする人がいる。この質問に限ったことではなく、他の質問でもそうなのだが。
人からサイコパスだと思われて得することなんてない。サイコパス診断だとわかっているのであれば、一般的な回答をするはずだ。
話は少し変わるが、時々変な行動をする人間を見かける。そういう人は「"少し狂ってる自分" を演じる人間」と「本当に変な人間」に二分されると思うのだが、私の周りに後者はあまりいない。しかし、思い当たるだけでも2人ほど「周りに「あの人狂ってる」と思われたいのかなぁ」と思わせてくる人間がいる。
そういう人がサイコパス診断で「サイコパスが答えること」に似た回答を出すのかなぁと。私はそう思う。
私は "ちょっとおかしい人" が大好きなのだが、サイコパス診断でサイコパスらしい答えを出す人間は嫌いだ。そういう "おかしい人" ではない。発想が斬新な人なのだ。ファッションサイコパスには中指を立てるぜ。
私はたくさんの "ちょっとおかしい人" と仲良しだ。生きてて楽しい。産んでくれた母に感謝である。周りの人にも感謝だ。
楽しい人生を送らせてくれている人達に感謝。
とたけけが来てた。フータがサボってた。許さん。
さよなら。ばいちゃ。